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無記名ドットコム

問われて名乗るもおこがましい

『No.9-不滅の旋律-』ネタバレ感想・キャスト編

慣れない2回観劇なんてしたせいで、愛着湧きすぎて記事を分けざるをえない事態になった。

キャストについて。

1回目に観た時既にそこそこ語ってしまったのでそれ以外のところを中心に。

 

 

2回目観劇の時は、最初時々台詞に波が出来て若干ひやっとしたがあっという間に持ち直した。暴れ方もパワーアップ。

常に映画や本関連の締切に追われ中居リーダーの無茶ぶりを軽妙に返しゲストの曲のダンスを短時間で覚え、さらに新曲発売に伴う露出が増え地方のセブンイレブンでお弁当を手売りし ていたSMAPであるところの吾郎さんが、なかなか稽古時間を取れなかったことは想像に難くない。
けれどそんなことはファンだから気になるのであって、舞台上の吾郎さんはそんなことは関係無くとても素晴らしい舞台俳優だった。

低めで芯のある声と居住まいの美しさは、演技だけでどうこうなるものじゃない。

「出ていけー!!」のぴしーっという姿勢が実に気持ち良くぴしーっという形で、吾郎さんらしいというかそれすらもルートヴィヒらしい。

 

後半の音が止まった瞬間を2階席から双眼鏡で観ていたら、顔を上げた瞬間のベートーヴェンの目の異様さに思わず双眼鏡から目を離した。

6月の『アドルフに告ぐ』で、成河の目線の高さに座っていて「殺される…!!」と震えたのに引き続き今年2回目の感覚。観ていたいのに目を逸らしてしまう怖さ。

 

彼の舞台はファンになるずっと前に観た『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』(2006年)以来だったけど、啄木とかもっと色々観ておけばよかったな…
とにかく、ベートーヴェンは吾郎さんの当たり役だと思う。

もう何回か演じてほしい役。

 

2回目で一番良くなったと思ったのは優子ちゃん。

子供から大人に、そして包み込むような母性まで表現しなくてはならない役、最初観た時は声と立ち振る舞いでその違いを出していたのだけど、大人びた声の出し方がいかにもな感じだった。

それが2回目に観た時は後半も台詞の言い回しがとてもナチュラルになっていて、この人ならベートーヴェンと彼の音楽に向き合えるなと自然に思わせられる演技。第一声がしゃがれ気味で一瞬あれっと思うけど、こちらも吾郎さん同様喉が潰れることもなく完走。

小柄だから、どうしても天井の高い劇場だとやや物足りなさもある。手の動きを常に付けていたのは、そのあたりもカバーしようという意識的なものだったのかな。
1幕ラストの「すごい…」とか2幕の「ずるい…」とか、一言の台詞の響かせ方が素敵で、正直初めて、この人の演技いいなぁと思った。

小さい小屋での演技も見てみたい。

 

ルートヴィヒをピアノという楽器を通して支えたナネッテと、女性として魅了したヨゼフィーネ。声音だけでも、腕一本で闘ってきたピアノ職人と、人妻になり未亡人になっても艶やかさを失わない貴族の違いがあって、マリアを含めたこの3人のコントラストも良かった。

ヨゼフィーネとの絡みは1回目の時に間近でがん見したので←2回目は落ち着いて観てたけど、ただでさえ絵になる2人が激しくキスしててそれも絵になるという…

昔観たヴァージニアウルフの時も、吾郎さんが大竹しのぶさんを押し倒してうんぬんがよく見える席で、高校生ながら「こーれSMAPファン大丈夫かな?」と思ったことを思い出したりしていた。

女性陣皆衣装がお似合い。マイコさん何頭身。

 

この世界観に片桐仁?と?がいっぱいで観に行った1回目で完全に好きな役になった。観た人になら伝わるはず。そう、まさに蛮甲。(くまこいないけど)

干しブドウ投げられるやり取りも最初はなかった気がする。公演期間で細かい台詞が増えていたのは明らかにメルツェルだったw

彼も相当変人なんだけど、同時にものすごい発明家で、そのさじ加減が絶妙。決して浮くわけじゃなく、出てくるだけで空気を換えられる役で、仁さん自身もそういう役者さんだった。

共通点が無さそうだしがみがみ言われまくっているのに、ルートヴィヒとメルツェルの間には確かに友情があるように感じて、変人には変人にしかわからない何かがあるのかもしれないと思わされた。

 

気になった役者さんNo1。初めて拝見したけど、長身コワモテだけではない魅力のある方。

警官の衣装も映えるしマリアとの凸凹感微笑ましいし、前の記事にも書いた良い雰囲気ぶち壊しフリッツがたまらなくフリッツだった。

「俺みたいなやつでも居場所がある」と、懐の深いウィーンと言う街を愛し、皆にもなんだかんだ愛されていた彼が、誰よりも時代の波に飲まれ流され、そのことに誰よりも傷ついていたんだなぁ。

今調べたら『シダの群れ』(2012年)に出ていた、ということは観ているはずなんだけど…

舞台で名前を覚えた後、たまたまテレビでやっていた映画るろ剣に悪党一味の役で出てきて、「あ、フリッツだ!!」と喜んでいたらあっという間に佐藤健にぼこぼこにされた。悲しみ。今後も注目したい。

 

このベートーヴェン3兄弟好きだった。あの衣装をさらっと着こなすスペックの高さ。顔が似ているわけでは無いのに並ぶと完全に兄弟。ニコラウスの困り顔比率の高さ。

あれだけ何度も「兄さん」が台詞に出てくると言う方も大変だろうな…

案外あっさり兄の元を離れるんだなと思ったけど、それぞれに家庭を持ち、兄にマリアという理解者が現れたことで、兄を嫌いにならずに済むとどこかほっとした気持ちがあったのかもしれない。

願わくばもう少しこの3兄弟の元々の関係性が見える場面が欲しかったかなと。2人に怒られて「…はい」ってルートヴィヒがいじける場面萌えたから、そういうのをもう少し見たかった。

それにしても歌える人をこれだけ揃えておいてザ・ストレートプレイという贅沢。

 

ベテラン2人(長谷川初範田山涼成)が静かに脇を固めるものの、他の役者陣の圧倒的エネルギーと比べると物足りなくてやや残念。

過去も現在もルートヴィヒを苦しめ続ける父の姿は、もう少し迫力があってもよかったのでは。

 

実は1回目の観劇時最初にうるっとしたのはナネッテの夫ヨハン(山中崇)とマリアの場面だった。

ピアノの追求を続けるナネッテに呆れたマリアに「兄さんはそれでいいの」と聞かれたヨハンが、「そういう人を愛してしまったんだ」と言う。少し悲しそうに、諦めたように、少し嬉しそうにも言われるその言葉は、そのままこれからマリアの進む道になる。

実在したシュトライヒャー夫妻の夫から、架空の人物マリアへのこの言葉の受け渡しが、じんわりと沁みた。


アンサンブルメンバーの演技と歌声と場転の素晴らしさ、演奏だけでなくちょっとした演技でも参加するピアノのお三方、大カール小カールなどまだ書いておきたいこともあるけど…

1回目と2回目の観劇の間に歌舞伎座で『阿古屋』を観た時、玉三郎さんのお琴を聴きながら、No.9の舞台で感じた生の音楽の力と似たような感覚に陥った、という話まで書きたかったのにさすがに力尽きた…そういうことがあったんです…